消せない記憶

嫌な記憶はそう簡単に消し去ることはできない。

忘れたつもりでいても頭の片隅にこびりついた焦げのように、日常生活の隙間に影を落とし込む。そして、ある時、ひょっこり顔を覗かせ此方の出方を伺っている。

嫌な思い出である事柄の、その文字列を見ただけで過剰反応をし、吐き気を催すほどその時の感覚をありありと鮮明に思い出してしまう。あの苦悩と絶望を。

なるべく思い出さないようにしているが、疲れていたり気分が落ち込んでいたり体調があまり好ましくない時には如何しても躱すことができずに、否応なしに毒牙にかけられしまう。

この出来事の所為で私は一度人生から逃げ出し、友人も失った。できればもう振り回されるのはごめんだ。もう忘れてしまいたい。記憶を取捨選択してボタン一つで好きな記憶だけ保存できたら、嫌な記憶を消去できたらいいのに。

そんな最新鋭の機能のない僕ら人間はなんとも無力でポンコツなのだろう。ああ、この痛みも苦しみもいつかは受け止めれる日が来るだろうか。嫌な思い出を笑い飛ばせる日が来るだろうか。それより人間が機械化するのが先だろうか。

熱いシャワーでは記憶は消せない。痛みは癒えない。出来るのはただ別の感情を上書きするだけ。熱と蒸気で少しだけ和らいだ心と身体を布団に預けて眠りにつく。ただそれだけ。